金森宗和カナモリソウワ

天正12~明暦2:江戸時代前期の宮廷茶の湯を支えた茶人で、宗和流の祖。本名重近。飛弾高山城主金森可重の長男であるが、30歳の時、故あって京都に隠棲、大徳寺の紹印和尚に参禅し、「宗和」と号して茶人として生きた。小堀遠州に師事し、公家衆と接触することによって、優美で繊細な「姫宗和」と呼ばれる独自の茶風を形成した。また、京焼の名工野々村仁清を育てた。なお、宗和の子七之助が加賀藩三代藩主前田利常の御茶頭として招かれて以来、6代にわたって務めた関係から宗和流は加賀にも発展した。