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学芸員コラムColumn

2017年11月29日展覧会#33 「百工比照」に寄せて

春季特別展「よみがえった文化財」の開催をとおして、日本史上屈指の学者大名とも言える加賀藩五代藩主・前田綱紀が体系的な書物の収集と同じ思想に立脚して、保存・修復や複製の制作をはじめとする文化財の保護に先駆的に取り組んだ事実を明らかにしました。
その思想は、南宋の朱子(朱熹・しゅき)によって再構築された儒教の新しい学問体系の朱子学です。朱子学は万物を通底する理を究め、体現する学問であることから、前田綱紀が行った体系的な書物の収集と、雑念を排した心境での精読はその基本的な実践でした。したがって、学習に支障を来す書物の損傷や欠損を修復し補完することは、その書物を成立させた理を滞りなく顕現させるための必然的要請として綱紀は全力を挙げて取り組みました。
朱子学は、理を究めるには一木一草の理に至るまでを知り尽くす必要があることを説きます。それゆえに諸種の工芸あるいは工匠を比較対照する、工芸の百科事典とも言うべき「百工比照」の編集も朱子学の実践と理解することができます。前田綱紀は「百工比照」に並行して、儒者・本草家の稲生若水に命じて『庶物類纂』(しょぶつるいさん)の編纂に着手している事実が注目されます。『庶物類纂』は中国の古典籍などから動物・植物・鉱物について名称、形状、産地の記事を抜粋し分類して実物により検証し、あわせて日本国内の産物についても実態を記した本草学書です。たとえば「百工比照」の「紙類」には、本書と同じ編集方針が認められます。
そのうえで、前田綱紀は自然物を加工し、装飾を加えるという人間の創造的な営みの根底にある理を究めようと尽力しました。「百工比照」の「金色類」、「蒔絵梨子地塗色類」は、原料の量的な変化が如実に質的な変化となって表れることを段階的に示しています。漢字の「理」には筋や道という意味もあることを想起すると、技法見本の小片を量的変化や化学的処理に即して板に配置してゆく手法が、理の可視化を志向していることが確認されます。朱子学は、様々な次元の理を究めようという努力の積み重ねにより、あるとき「豁然貫通(かつぜんかんつう)」してすべての理を一挙に了解することができると説いています。したがってデザインの傾向性をも俯瞰した「百工比照」の最終目的は、前田綱紀による理の究極的理解と、その体現による仁政の実践であったと考えることができます。(村瀬博春)

画像詳細:重文《百工比照》より「木之類」、「蒔絵梨子地塗色類」 前田育徳会蔵 ※現在は別の面が展示されています。  
※当初12月2日に予定されていました土曜講座「前田綱紀『百工比照』の思想」は、12月9日に変更となりました。どうぞご了承ください。

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