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学芸員コラムColumn

2017年12月12日その他【美術館小史・余話3】建築家の思い

※本コラムは平成12年から平成16年にかけて、当館館長・嶋崎丞が「石川県立美術館だより」において連載したものの再録です。

 昭和33年3月、県議会で美術館(旧石川県美術館)の設置が可決されると、その設計を金沢市出身の当時東京工業大学教授であった谷口吉郎(よしろう)氏(1904〜79)に依頼することになり、翌34年1月に基本設計が出来上がってきた。
 設計に当たり谷口氏は次の如く語っている。

 美術館の敷地は、天下の名園と知られている「兼六園」の内部にあり、その隣地には重要文化財の建造物「成巽閣」が接しているので、そんな伝統的環境の美観にも、この美術館は適合する必要があった。
(中略)収蔵品はすでに300点以上の多数に達しており、その中には国宝、重要文化財に指定されたものもある。 このように質においても量においても優秀な陳列品に対して、この美術館の設計は特別な考慮を払う必要があった。
 この点において、陳列される美術品の美術価値をできるだけ損じないように、その保管をできるだけ安全に、すなわち陳列品を主役とし、建築はむしろ脇役となるような意匠が、ここでは特に大切だった。
 美術館の設立は、多くの人の美術に対する愛情の結晶を示すものである。従って建築家の設計は、美術品の制作のために精魂を打ち込めた美術家の作家的愛情に対して、またその保存のために絶大な努力を払った愛好者の愛情に対して、さらにその美しさに心をひかれて、この美術館を訪れる来館者の愛情に対しても、美しく寄り添う必要があろうと考えた次第である。 (『新建築』1959年12号より)

 こうして出来た美術館は、現在石川県立伝統産業工芸館となって活用されているが、日本の、特に金沢の木造建築の縦格子と障子の美しさを生かした日本建築の伝統美をたたえており、兼六園の木々の緑に見事に映えて美しい。谷口吉郎氏の代表作の一つである。

  (嶋崎丞当館館長、「石川県立美術館だより」第204号、平成12年10月1日発行)

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