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学芸員コラムColumn

2019年1月6日その他【美術館小史・余話11】登録博物館となって

「加賀百万石名宝展」パンフレット

※本コラムは平成12年から平成16年にかけて、当館館長・嶋崎丞が「石川県立美術館だより」において連載したものの再録です。

 旧石川県美術館の設立は、昭和30年代前半の県財政の厳しい時代にあって、当時の田谷充実(たや じゅうじつ)知事が、県民の強い要望を受け入れて、全力投球で建設したためか、思い入れが殊の外深く、その所管はずっと知事部局の総務課に置かれていた。
 従って『だより』第210号で述べた如く博物館法でいう教育委員会の所管でないため、「相当施設」という位置付けであった。
 と ころが昭和37年末に田谷知事が急逝し、同38年1月の豪雪の最中に選挙が実施され、中西陽一副知事(当時)が当選して知事となった。
 中西知事は、いうなれば自治省出身の官僚であり、法に合わせて行政は執行すべしとの考え方から、美術館は同年4月1日付で教育委員会社会教育課の所管と なり、晴れて「登録博物館」となった。
 そこで社会教育の機関として新しくスタートする意味においても、 それにふさわしい内容の企画展を開催しようというこ とになり、いろいろと議論がなされた。その結果、加賀藩主であった前田家のコレクション、東京の前田育徳会が収蔵する美術品の公開が最適であるということになり、4月28日から2週間、北陸中日新聞と共催で、初めて全面的な公開が実施されたのである。
 当時の記録を見てみると、国宝16点、重文21点を含む計111点の豪華な内容であり、初めて全館を使用して開催し、入場者も4万人という新記録を作った。

  (嶋崎丞当館館長、「石川県立美術館だより」第212号、平成13年6月1日発行)

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