駒沢小太郎コマザワコタロウ

慶応2年~大正4年 (1866~1915):加賀市(旧江沼郡山中村)に生まれる。明治13年より兄駒吉に師事し、挽物技術を習得する。18年姫路の漆器工場へ輸出漆器木地製造の技術指導員として招聘され、その後大阪の工場等の指導員、工場長を務める。明治31年より香川県仲多度郡琴平町立工業学校に教諭として着任。轆轤挽物の中でも、透けて見えるほどの薄手挽の名手として知られる。